大阪大学免疫学フロンティア研究センター ヒト免疫学(単一細胞ゲノミクス)奥崎研究室

研究内容Research

研究室の概要と主な成果について

本研究室は2019年11月に設立され、シングルセル解析とヒト免疫学の推進をミッションとし、現在は特任研究員1名、技術職員2名の小規模な組織です。シングルセル解析を中心に基礎研究と臨床現場をつなぐための技術応用にも注力しています。COVID-19パンデミック下では「チーム阪大」の一員として、200検体以上の末梢血単核球(PBMC)のシングルセル解析を行い、『Nature』誌などの主要ジャーナルでの発表に貢献しました。以下にその一例を列挙しています。

●Shirai, Y. et al. Deciphering state-dependent immune features from multi-layer human omics at single-cell resolution. Nat. Genet. (2025). 

● Namkoong, H. et al. DOCK2 is involved in the host genetics and biology of severe COVID-19. Nature 609, 754–760 (2022). 

●Edahiro, R. et al. Single-cell analyses and host genetics highlight the role of innate immune cells in COVID-19 severity. Nat. Genet. 55, 753–767 (2023).

●Takeshima, Y. et al. A sex-biased imbalance between Tfr, Tph, and atypical B cells determines antibody responses in COVID-19 patients. Proc. Natl Acad. Sci. USA 120, e2217663120 (2023). 

●Yamaguchi, Y. et al. Consecutive BNT162b2 mRNA vaccination induces short-term epigenetic memory in innate immune cells. JCI Insight 7, e163347 (2022).

また、ウイルス抗原と自己抗原の両方に反応する特殊な抗体「PA-N-CoV1804」を発見しました。この抗体は、感染後にナイーブB細胞から分化・増殖した形質芽球に特異的に見られるもので、COVID-19患者の抗体応答に関する重要な知見を報告しました(Life Science Alliance, 2024)。

さらに私たちはワクチン接種後の免疫反応にも注目しています。ワクチン接種後脳炎の解析(Frontiers in Immunology, 2023)ではCOVID-19ワクチン接種後に脳炎を発症した患者において、脳炎発症後の末梢免疫系における明確な免疫シグネチャーを発見しました (Fig.1)。この細胞集団は、健常者や病気の寛解期では検出されず、COVID-19ワクチン接種後に発症した脳炎におけるユニークな骨髄系サブセットであることを示しています。COVID-19ワクチン接種に伴う免疫異常の解明に寄与するものであり、将来的にはこの疾患の早期発見や予防策の開発に役立つ可能性があります。

Fig.1

最近では重症COVID-19回復期におけるNK細胞の多様化と適応型分化機構に関して研究を行いました(Scientific Reports, 2025)。シングルセル解析を駆使し、mRNAワクチン接種者と重症COVID-19患者におけるNK細胞の応答を網羅的に比較解析し、ワクチン接種後には未熟なNK細胞が増加するのに対し重症COVID-19からの回復期では、強力な細胞傷害活性を持つ適応型NK細胞が特異的に誘導されることを見出しました(Fig.2)。さらに軌跡解析により、NK細胞が成熟する過程で「通常型」と「適応型」へと運命決定される分岐点を同定し、適応型への分化にはT細胞受容体シグナル関連遺伝子の発現や代謝リプログラミングが関与していることを明らかにしました。環境に応じたNK細胞の多様化メカニズムの一端を理解する手がかりと考えています。

Fig.2

また、mRNAワクチン接種後の環状RNA(circRNA)の変動をナノポアシーケンス技術で解析しました(Fig.3)。その結果、ワクチン接種時に特異的に現れる4,000種以上の新規circRNAを発見し、それらが主に形質B細胞由来であることを突き止めました(Gene, 2024)。現在はさらに追跡期間を延ばし、長期的な免疫記憶のメカニズム解明に取り組んでいます。

Fig.3

感染症研究に関しても、シングルセル解析や空間トランスクリプトーム解析を活用してウイルス(デングウイルス)や細菌(腸炎ビブリオやサルモネラ)に対する宿主免疫応答を解析し(PLoS Negl Trop Dis,2023,Life Sci Alliance, 2025) 共同研究者とともにウイルス学と細菌学を推進する新たな知見を得るための技術開発においても着実な成果を上げています。